お寺からのメッセージ

2025

12師走

December

心の持ち方ひとつで

「自分が思うこの世で一番美しいものを描きなさい。」有名な作家である芥川龍之介が小学生の頃、授業で絵を描く時間がありました。出来上がった作品を見ていくと、どの子も富士山や桜など、色彩豊かな風景画を描いています。そんな中、芥川少年が描いた絵は「雲」でした。しかも画用紙いっぱいに雲の輪郭だけを描いた白黒の絵でした。周りの子どもたちはその絵を見てクスッと笑います。まさか雲が美しいだなんて。そんなはずがない。みんなが芥川少年の絵を馬鹿にします。

授業が終わって先生が芥川少年に尋ねました。「何を美しいと思うかは人それぞれだけれど、先生はあなたの絵を見て美しいとは思えません。どうして色を塗らなかったのですか。」すると芥川少年は先生の目をじっと見て答えました。

「この絵は塗れないのです。真っ青な空に浮かぶ雲もあれば、真っ赤な夕日に沈む雲もある。そのどれもが美しいのです。だから、たとえこの絵のような白黒の雲があったとしても僕はこの世で一番美しいと思うでしょう。」話を聞いた先生は、この子は将来とてつもないことを成し遂げるだろうと思ったそうです。

花を見て美しいと思う人がいます。富士山を見て美しいと思う人がいます。そして雲を見ても美しいと思う人もいるのです。

この「美しい」を「幸せ」と置き換えてみますと、美味しいものが食べられて幸せだ、欲しいものが手に入って幸せだと思う人もいれば、今日も一日無事過ごせて幸せだ、今日も無事に朝を迎えられて幸せだと思う人もいます、美しさや幸せとは、自分の心の中にあるのです。

仏さまも同じです。仏とは外に求めるものではなく、誰もが生まれたときから本来備わっているものです。だから、仏になることに執着して修行するのではなく、仏として生活することが大切なのだとお大師さまは説いておられるのです。心の持ち方ひとつで、皆様の人生がよりよく素晴らしいものになることでしょう。

栃木 髙福寺 楠本隆幸